沖縄良店

美濃作〜那覇市久茂地にある日本蕎麦の老舗〜

沖縄で『そば屋』はまだまだ珍しい。

 

そもそも沖縄で『そば』といえば『沖縄そば』のことを指す。

本土の『蕎麦』のことを沖縄では『日本そば』と呼ぶ。

 

そんな沖縄に、老舗の日本『蕎麦屋』がある。

 

貫禄のある店構えは歴史を感じさせる。

 

店の大将、小山さんにお話を伺った。

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◎お店のこだわり

-名前の由来について、教えてください。

「店を始めようという時に、自分の出身-『小山』はどこの出身なんだろうかというのを調べたんです。そしたらね『小山』という姓は栃木、それから岐阜(美濃の国)から出ている名前だと分かったんです。そして沖縄に来る前に働いていた会席料理の店が『みのさく』という店でした。その店の漢字は着る『蓑』という漢字に『作』と書いて『蓑作』だったんです。その語呂が気に入ってたんですね。出身地と”みのさく”を合わせて『美濃作』。『福島出身なのにどうして美濃作なの?』と聞かれた時にきちんと説明できるような店名にしたい、それと”みのさく”の響きが好きだった、そこで良い仕事をさせてもらったというのが理由です。」

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-お店の経緯について、教えてください。

「自分は本来は日本料理を専門やっていた人間です。琉球政府時代にいろんな分野で本土から指導者を呼ぶ制度があったんですよ。技術導入制度があったんです。そこの中に日本料理の募集があって、それで沖縄にやってきたんです。

 

-なぜ蕎麦だったんですか?

「最初は日本料理をやりました。牧港で店の名前は『アポロ』。日本料理とフレンチを出す店でした。そのあと国場ビル12Fのレストランの料理長をやりました。沖縄で一番大きなレストランでしたね。ところが復帰後、海洋博後の大不況の噂が立って、そこのオーナーが撤退したんですね。海洋博まで、めちゃくちゃ働きましたよ。利益も上げましたよ。でも引き上げるっていうじゃないですか。困っていた所にサン食品の社長から『小山さん、蕎麦やらないか』って来たんですよ。当時、日本のレストランといえばハイクラスの店でしたよ。悩んだんですけどね。やっぱり魅力を感じたのは『沖縄に無いもの。日本の象徴のような蕎麦を沖縄に根付かせる』ということでした。それも仕事の一つじゃないですか。」

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「あの頃はね、日本蕎麦なんて言葉は沖縄以外使わなかった。沖縄だけが日本蕎麦という言葉を使ってるんですよ。沖縄そばがあるから。日本蕎麦という言葉も分からないもんだから、『黒蕎麦』という言葉があったんですよ。サン食品の車には『黒蕎麦』と書いてあった。そいういう時代だった。日本の本当に美味しい蕎麦を沖縄の人に食べてもらえるようにと社長に言われたんですよ。よく考えてみたら、すごい仕事だよな?たまたま私がその時代にいたっていうね。でも沖縄の人はなかなか食べてくれませんでした。復帰して本土から来た人が来て、その人たちが食べてくれて、支えてくれました。でも(彼らは)沖縄で食べる『日本蕎麦』なんてバカにしてるでしょ?僕は何も言えないわけだ。そんなものしか出してなかった。手打ちでもなかったし、機械打ちで。蕎麦は3割以上入っていないと蕎麦と言えないわけだ。僕の扱っていた蕎麦は、ギリギリ『蕎麦』といえるものだったんです。何故かと言うと、まず沖縄の人に食べてもらいから。だからそういう蕎麦でした。ツライというか、悔しいわけですよね。」

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「そんな時にたまたま沖縄で全日本ホテル協会の総会が初めて開かれて、そこで『蕎麦の屋台をやれ』って依頼が来たんですよ。そしたら『オマエのとこの蕎麦じゃ、”沖縄にはもう蕎麦があるのか”程度だろ?』と言われたんですね。頭来て、考えたのが月桃蕎麦なんですよ。そのとき、月桃、うっちん、ハイビスカスの3種の蕎麦を出しました。そういうストーリーがあるんです。あれをもう一回売りだそうかとやってるところです。」

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-お店作りについて、教えてください。

「僕は当時の向こうの蕎麦屋がどんな作りか分からなかった。そばと言ったら沖縄では安いというイメージが有るでしょ?最初作ったのは松山で10坪の店なんですよ。そこになんと当時で500万円をかけたんですよ。大金ですよ。心配されました。狭い店でもきちんとしたことをやりたかったんですね。お客さんが全部座っても16名の店でした。それからちょっと経って規模を倍にしました。(現在のお店については)普通の蕎麦屋は食べておしまいですが、ウチは少し落ち着いてもらえる店作りを心がけています。もっと機能的な作りはいくらでも出来ると思うんですよ。でも効率だけ追求すると味気ないじゃないですか。蕎麦を食べてゆっくりできたら、少しお客さんが得した気分になるんじゃないかな。こういう作りをしたおかげで、蕎麦だけでなくお酒を飲む人にも対応できる。そいういう意味で良かったんじゃないかな。」

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-メニューについてのこだわりを教えてください。

「出来合いの物は出さないです。蕎麦についてもオリジナルでと心掛けてますね。ハッキリ言うと、他の店と同じものはやりたくないです。ニシンなんかも(出来合いではなく)自分のところで炊いてますし、自分が食べて美味しくないものは出せないですよ。」

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-どのようなお客さんがいらっしゃいますか?

「7割ぐらいは地元かな。最近は本土のリピーターの方もいらっしゃいます。”本土の方”のリピーターです。大阪から飛行機でここのカレーうどんを食べに来る人もいる。うちの蕎麦豆腐も人気がある。地元の方もリピーターが多いですね。週末は1日200名近く来てくれます。今のところ親子三代で来てくれるお客さんもいらっしゃいます。」

 

-接客について、何か有りますか?

「あえていえば、媚びたりもしないし『ありがとう』の気持ちで誠心誠意で迎える。それはきちっと。それくらいじゃない?忙しくなければ、私がお客さんに声掛けしますよ。『ありがとうございます。お味いかがですか?』とか。久しいお客さんだったら『たまにでいいですから、味を見にいらしてください』とか。普通に言ってます。普通に。」

 

◎採用について

-こんな人に働いてほしいというのはありますか?

「別にないですね。とにかく、うちに来てくれたら皆良くなるんですよ。とにかくうちに来て働いてくれたら、不思議と必ず良くなる。さっと辞めていく人は少ないですね。うち従業員で長い人は三十何年。短くて5、6年。高校生の子でも来たら続きますね。勤めてる子の友達が『〇〇、がんばってるよ!』『え!?アレが?信じられない。』ってね。周りがいいんですよ。僕じゃなくて周りがね。だから来てくれたら大丈夫。」

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-では、こういう人はNGというのを教えて下さい。

「ただ時間で働いて、その分のお金をもらう、それを目的にしてる人。楽しくないでしょう?だから、楽しく仕事して『これだけもらった』というのがいいんじゃないですか?(不採用にするとしたら)最初から条件面を聞いてくる人。ぼくらの方がどうして欲しいのか聞くものだと思うんですよ。面接の時は、その人の色々な事情を最初から聞くつもりでやっているんですね。そういう話は、こちらが『来てくれ』と言ったあとの話だと思うんで。こういう条件でやってくれませんかというのは後の話だよね。」

 

◎今後の展望

-お店のこれからについて、おしえてください。

「おかげさまで健康には恵まれてるんで。まだまだ出来そうだから頑張ります。とにかく人が来てくれれば大丈夫です。」

 

◎取材あとがき

今回の取材においては、本編よりも興味深い話が聞けた。

 

沖縄復帰前後の時代の話。

当時の店、料理の様子が分かる雑誌。

某ボクシングチャンピオンとの逸話。

大将のまさかのトライアスリートの一面。

大将の宝物、スタッフからの手紙。

 

そして、何よりの沖縄における日本食の歴史の一端を垣間見ることができた。

 

大将は一見、頑固そうで怖そうな人に見える。

でも、それは職人気質からくる仕事中の真剣さ。

話しをすれば温厚な人柄がにじみ出る。

 

インタビュー中はまっすぐに目をみつめ、腹の底から話していた。

低く静かな言葉に一点の曇りもない。

言葉一つ一つを噛み締めながら、とつとつと話す。

 

ここでは、蕎麦だけではなく、大将の話も味わい深い。

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◎店舗情報

・店名:美濃作

・住所:900-0015 沖縄県那覇市久茂地3-8-1

・営業:11:15~22:00(土日祝21:00ラストオーダー)、定休日:毎週 水曜日

・電話:098-861-7383

※正確な情報については、直接お店にお問い合わせください。

 

◎取材

記事、編集、撮影:豊嶋


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